HappyHalloween!!


 息をついて、階段の淵に腰を下ろす。すると、目の前に仮装をした子供たちが寄ってきた。そうして、声を揃えて、お決まりの文句を言うのであった。

 「トリック・オア・トリート!」

 目を輝かせながらそう言う子供たちに、「仕方ありませんねえ」と言いながら菓子が入った包みを渡す。
 彼らは、感謝の言葉を言いながら、わあと声を上げて何処かへと駆けて行った。きっと、また別の大人に菓子を強請るためだろう。
 本日何度目かのやり取りに、ふう、とまた息をついてしまった。こんな面倒を知っていればダアトになど寄らなかったものを、と数時間前の自分に後悔する。
 「たまには、フローリアンに会ってあげたい」いうアニスの願いを、たまにはいいかと聞き入れたのが後悔の始まりだったように思えた。
 教会へと足を踏み入れた自分たちを迎えたのは、泣き出しそうな顔をした緑の子である。話を聞けば、「せっかくのハロウィンなのに、お菓子を配る大人が足りない」ということであった。
 ダアトでは、身寄りのない子供たちのために、こうしたイベントをささやかながら行っているらしい。今日はハロウィンであるのに、最近の騒動のためにイベントを手伝う大人がおらず、こうしてフローリアンは自分たちに縋ってきた、という次第らしい。

 「ねえ、アニス。どうしよう」

 目にうっすらと涙をためた緑の子の願いに、彼女が自分たちに手伝いを依頼することは目に見えていた。そうして、自分たちがハロウィンの手伝いをしてやることになったのである。
 しかし、これが少々厄介なものであった。ただ菓子を配れば良いのではない。イベントに参加する者は必ず仮装をしなければならない、という決まりがあったのだ。外部の人間であってもそれは例外は無く、そうして自分たちも仮装をしなければならなくなった。ある者は好奇に目を輝かせ、またある者は羞恥に頬を染めながら、思い思いの仮装を施し手伝いを行っていた。

 「ジェイド」

 気がつけば、見知った赤毛が自分を見下ろしていた。隣に座って良いかと尋ねられたので、「どうぞ」と許可をする。彼の顔が少しだけ嬉しそうに見えたのは、気のせいではないだろう。

 「サボってんなよな」
 「そういう貴方こそ、こんなところです油を売っていて良いのですか」
 「お、俺はいいんだよ!…一応、休憩ってことになってるから!」

 一応、と言葉を濁してはいるが、恐らくルークも自分と同じようにやるべき事を投げ出すようにしてきたのだろう。赤毛の親友である青年が、居なくなった彼の分まで働く姿が容易に想像できた。
 隣に座るルークに視線を移す。癖のある赤毛の頭からは、狼を思わせる耳が生えていた。さながら、狼男の仮装といったところだろう。服装が何時もと変わらないことから、面倒がった結果であることが伺えた。隠れて見ることができないが、背には尻尾を模したものもくっついているのだろう。
 こちらの視線に気がついたのか、彼がこちらを向いてくる。

 「…んだよ、変かよ」
 「いえ、別に。狼男だなあと思いまして」
 「つーか、ジェイドよりかはマシだと思うんだけど」

 そう言った彼も、視線を動かして自分の格好を観察しているようだった。「そうですか?そんなことは無いと思いますがねえ」と茶化してみたものの、恐らく彼よりも自分の方が濃ゆい服装をしていることは確かだろう。
 悪趣味な丸眼鏡に、これまた悪趣味なマント。陛下から「決戦に向けた衣装だ」と賜った服であった。「童話に出てくる悪の譜術使いみたいだ」と言ったのは、確かガイであるが、的を得ている表現だと思う。
 貰った当時は役立たないものだと思っていたが、モノというのは意外なところで役割を果たすのだと思った。最も、このような場面で思い知りたくなかったが。
 はぐらかした返事をしたからか、ルークは「ふうん」と言ったきり、話題に対して興味を無くしたようだった。俯いて、足先を眺めたり、時折気にしたように自分でつけた獣耳を触っている。獣耳は勿論作り物であったから、たまに装着加減を気にしてやらないと簡単にずり落ちてしまうらしかった。
 実際に、彼は耳を触った際に何度もずり落としそうになっている。それに触れたいと思いながらも、耳と格闘している彼を眺めていたくて、あえて手を出さずにおいた。

 「なあ、今日、来れて良かったな」

 ずり落としそうになっている獣耳と格闘しながら、ルークはそう言った。どうして、と問う前に、彼は言葉を続ける。

 「アニスがさ、楽しそうなんだ。フローリアンと一緒に笑っててさ。…久しぶりに、あんなアニスの顔、見た。面倒だなあ、って思ってたけど、うん。良かったって思う」

 他の事に集中しているからか、その言葉に纏まりは無い。しかし、彼が真っ直ぐな想いを言っているだろうことは直ぐに理解した。
 確かに、彼が言う通り、アニスがあのように心の底から楽しそうに笑う姿は久しぶりに見たように思える。その顔は以前––イオン様が存命されていた頃は、頻繁に見ていた表情だ。イオン様が亡くなってからも、彼女は笑うことはあっても、その裏には少しの影が感じられていた。以前の笑顔が見れて良かったと、ルークが言いたいことはそういう事なのだろう。

 「そうですか」
 「ま、俺はそう思うってだけだよ」

 獣耳を格闘し終えたルークは、少しだけ照れたように笑った。彼は、仲間を見ていないように見えるが、仲間の内面を一番気にかけている。他の人間、例えば自分であったり彼の親友であったりが見過ごしたり、あえてそうすることも、ルークは平気ですくおうとした。彼の心遣いは、時々痛くもあったが、確かに救われている自分も居た。
 他の仲間達もきっとそうだろう。だからこそ、彼らはルークを慕うようになったのだと思う。無論、自分も例外ではない。ルークのそういった優しさに、惹かれていったのだ。

「さ、休憩はもう終わりだ。ほら、行くぞ」

 立ち上がった彼は、自分に向かって手を差し伸べてくる。その表情には、子供に向けられるものと似てはいるものの、少しだけ甘さが含まれているように感じた。胸に、染みのような愛おしさが広がっていく。
 伸ばされた手に触れると、その感情が膨れ上がるのが分かる。考えるより先に、広がり続ける感情を発散してしまいたいと思った。

 「ルーク」

 名前を呼んでやると、自分より先を行っていた彼が振り返る。大股で距離を詰めてやると、ルークがたじろいだ。「なんだよ」と言う声には、驚きと困惑が見える。

 「トリック・オア・トリート」
 「…は?お菓子欲しいのか、ジェイド。俺、持ってないけど」

 想像していた通りの答えに、笑みが深まりそうになるのを必死で堪えた。同時に、彼の疎さと純粋さには呆れるばかりである。そこがまた良いのだけれど、と囁くもう一人の自分に、どれだけ惚れ込んでいるのかとまた呆れた。

 「じゃあ、イタズラするのでいいです」
 「はあっ!?」

 しれっとそう言ってやると、彼の手首を掴んで逃げられないようにする。そうして、両手を掴んでこちらを向かせた。
 その表情は、これから何をされるのかという不安がありありと浮かんでいた。翠の瞳は、感情を表すかのように揺れている。別に取って食べる訳ではないのだから、と苦笑しそうになった。
 なるべく表情を出さないようにしながら、怯えさせないようにゆっくりと顔を近づける。ルークの肩が少し跳ね、咎めるように名前が呼ばれるが、気づかないフリをして距離を詰めていく。
 少し薄い彼の唇に、自分のそれを軽く重ねた。膨らみ続けた感情がそれ以上をするようにと望むが、堪えるように口づけを続ける。愛しさを分け与えるように、じっとそうしていた。
 広がった感情が落ち着きを見せた頃、ようやく唇を離してやった。それほど長い時間ではなかったはずなのに、ルークはぼうっとした様子でこちらを見上げていた。彼はキスをするときに息を止めてしまう癖があるようで、キスをした後はいつもこの様になってしまうのだ。
 そんな彼を現実に引き戻してやるために、耳元に口を持っていてやる。

 「このイタズラの続きは、後で致しますから」

 わざと低めの声でそう囁くと、またルークの肩が跳ねた。
 「ば、ばっかじゃねーの…」と呟く彼の耳は、その赤毛と似た色に染まっている。この様子だと、顔も同じ様になっているだろう。
 手首を解放してやると、彼はやはり赤い顔でこちらを睨んでくる。瞳は相変わらず揺れていたが、少し潤んだそれには別の感情が宿っていることは明白だった。
 彼の表情を眺めていると、不意に首筋を引かれる。あまりに急なことだったので、避けることもできず、彼の方に引き寄せられる。再び、唇に温もりが触れた。
 かと思えば、胸を押されて突き飛ばされる。二、三歩よろめいただけだったが、その間にルークは自分より遥か先に行ってしまった。振り返って手を挙げた彼の顔は、あまりに遠くだったので見ることは叶わない。

 「仕返し!俺も、後でイタズラの続き、するからな!」

 彼はそれだけ叫ぶと、足音を立てながら走り去ってしまった。
 先ほど、彼の唇が触れた部分を指で触る。恥ずかしがりのルークは、自分からキスをすることは滅多にない。強請ることはあっても、そのようなことは指折る程しかなかった。
 嫌だ、面倒だと思っていたハロウィンだが、彼がこうして自分からキスをしてくれるのなら、悪いものでもないと思える。再び胸に広がるのは、彼に対する愛情だけであった。
 さあ、後でどんなイタズラをしてやろうかと、考えを巡らせながら、走り去ってしまったルークの後を追うのであった。



遅刻したハロウィン。
イベントにかこつけてキスするふたりが書きたかっただけです。

2015/10/31 公開
2016/11/25 再録