喪われるクオリア 2
きっかけは、ほんの些細なことだった。
「ルーク」が――アッシュや、レプリカのルークでなく、どちらでもない存在が還ってきてから、2年が経とうとしていた。勿論、その話はキムラスカだけでなく、マルクトの元にも届いている。その現実を知ったピオニーは、自らの懐刀であるジェイドのことを真っ先に心配した。
ジェイドは、ルークと確かに愛し合っていた。
前に一度、彼らが共にいる所を見たことがある。その時の二人は話をするのでもなく、ただそっと、背中を合わせて読書をしているだけだった。しかし、纏う雰囲気は穏やかで、まるで陽だまりのようだったと記憶している。
そうした彼らをみて、ピオニーはこの2人はただならぬ仲だと直感した。その後、臣下であるガイに訪ねたところ、やはり彼らは恋人同士だという話をきくことができた。
しかし、恋人が帰ってこないことだけが心配の理由ではない。
ルークが帰ってこない二年の間、ジェイドは両手で数えきれないぐらいに体調を崩していた。原因は、ひたすらに研究を続けていたからである。
わき目も振らず、ただ自分の原罪を昇華するために。恋人が帰ってくる方法も探すために。そうしたジェイドは、何時しか体調を崩しがちになっていた。
1度だけ、何故そんなに無茶をするのか、と聞いたことがある。彼は「走り続けていないと、駄目になってしまいそうだから」と、静かに答えた。親友の、見たことがない弱さだった。
それ以来、ピオニーはなるべくジェイドから目を離さないようにしている。ルークが還らないことを知った後は、よりいっそう目を光らせていた。
ジェイドの体はとっくに限界を迎えている。これ以上無茶をすれば、いつどこで体に不調が出てきてもおかしくない状態であった。親友として、彼が死んでしまうことは止めさせなければならない。
幸い、「ルーク」が帰ってきてからのジェイドは、以前のように体調を崩すほど研究にのめり込む事はなかった。代わりに、以前の彼にはあった人間らしさが一切失われたようである。
それは少し寂しくもあったが、肉体的に死んでしまうよりは良いと、ピオニーは自分自身に言い聞かせていた。
きっかけは、些細なことだった。
ジェイドの元から帰って来たガイは、珍しく明るい表情をしていた。彼はいつも通りなら、少しだけ沈んだような顔をして帰ってくる。一体どうしたのだと尋ねる前に、彼は「陛下、聞いてくださいよ」と口を開いた。
「ジェイド、ようやく立ち直ってきたようなんです。だんだん、前みたいに戻ってきてますよ」
「…どういうことだ?」
「まあ、俺が話すより実際に見てきて貰えれば分かりますって」
ガイの言葉に、駆け出すようにして部屋を出た。私室から抜け道を辿って、ジェイドの執務室へ向かう。あまりに気が急いていたのか、途中で足を二、三度もつれさせてしまった。
抜けた先は、いつも通りの執務室である。部屋の中でも存在感を放つデスクに向かって、ジェイドが書き物をしていた。「ジェイド」と名前を呼ぶと、彼は手を止めて顔をこちらに向ける。
「ああ、陛下でしたか。何か御用ですか」
にこり、と彼が笑う。少し前より、気力が増したような笑顔だった。顔色も、少しだけ良くなっているようである。その笑顔に、ピオニーはガイが言っていたことは確かに本当であったことが分かった。
「いや…ガイラルディアがな、お前が俺を呼んでいたと言っていたものだから」
「ガイが…?いえ、私は陛下をお呼びしておりません。それに、臣下が仕える者を呼びつけるなど以ての外ですよ。不敬で首が飛びます」
「ははっ、違いねえ。ま、それは冗談だよ。本当はお前の顔を見に来たんだけど」
茶化すように笑ってやると、つられるようにジェイドも笑う。以前と変わらないようなやり取りに、ピオニーは安心よりも違和感を覚えていた。
ピオニーは自らの勘に関して右に出るものは少ないと思っていた。それに加え、親友たちに関することになると、更に強く働くと確信している。その勘が、あの笑顔には何か違和感があると告げていた。勘に従い、気取られぬようジェイドを観察する。
そこに見た目で感じられるような違和感は無かった。しかし、芽生えた疑念をぬぐい去れる程の根拠にはならない。何か、他に想像も出来ないような何かがあるのではないかと、ピオニーは推察した。
他に二、三の他愛もない話をすると、ピオニーは抜け道からいつも通りに私室へ戻る。その間、胸に生まれた感情は、じわりと心に根差し続けるのであった。
その後のジェイドはというと、少しずつ回復していった。
目に見えて前のように戻っていくし、体調も表情もだんだんと良くなっている。周りは「ようやく戻ってきた」と喜んでいたが、その中でピオニーだけが手放しでそれを喜べずにいた。
親友が回復していく様子を見るにつれて、あの時生まれた違和感は大きく膨らんでいく。生まれた頃は何故だか理解できなかったそれは、大きくなり過ぎた今ならわかる。
「虚ろ」なのだ、今のジェイドは。
見た目では分からないように振舞ってはいるが、その内はがらんどうだとピオニーは感じていた。笑い方も喋り方もいつも通りなのに、その内に「ジェイド」が居ないように思える。断言できる根拠は何も無い。しかし、この男と付き合ってきた年月と自らの勘がそういう結論を導き出したのだ。
考えられる理由はただ一つ、愛した人が帰らないからだろう。そんな事でこころを亡くしたのか、と思うと同時に、ジェイドの中でルークがそれ程までに大きくなっていたことに驚いた。
こんな結末を止められる方法が無かったのか、と後悔したことは無いと言えば嘘になる。しかし、ルークが喪われたことでこうなったのであれば、この結果もやむなしなのかもしれない。ピオニーは自分の無力さを嘆くより、そう諦めた方が楽だと悟った。
自分の目の前を行くジェイドの背中に声をかける。以前のように戻った彼は、以前のように変わらず振り返った。
「なんですか、陛下」
そうして、以前のような声色で、返事をする。
親友の形をした抜け殻は、ひどく綺麗に、まるで作り物のように笑うのだった。
内観によって知られうる現象的側面のこと。
それを構成する個々の質、感覚のことをいう。
フォロワーさんが呟いていたことをネタにして書いた話。
哲学的ゾンビジェイドっていいですよね、って話していた記憶。
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2015/09/30 前半公開
2015/10/10 後半公開
2016/11/25 再録