夜明け前は、その手のひらに。


夜明けの、ずっと前の海を見つめていた。


 水平線から、薄暗い水面が揺らめいている。ゆらゆらと揺らめくそれは、まるで自分を飲み込んでしまいそうなほどに深い色をしているな、とルークは思った。空には、数え切れないほどの星と、それから大きな月が浮かんでいる。月明かりは、ほのかに当たりを照らしていた。
 ルークは、うずくまるようにしてその様子をじっと見つめていた。どれだけそのようにしていたのかは、自分にも分からない。体は毛布で覆っていたが、いつの間にか体は夜の温度に染まっていた。
 眠れないのはいつものことだ。人を切った夜は、必ずと言って良いほどに眠ることができない。最近は、そのりそのりと近づく終わりに怯えているのか、しっかりとした睡眠が取れる方が少なくなっていた。一回眠ってしまっても、震える体と消えてしまう恐怖で飛び起きてしまう。そうすると、再び眠りに落ちることは困難だった。
 いつからか、ルークは眠れなくなるとこうして海を眺めることにしていた。深々とゆれる水面を眺めていると、何故だか安心するからである。そうして無心に海をながめ、ひとりの夜を過ごしてきた。今日も、こうしてひとりきりの夜が終わっていく。
 水平線が、少しだけ白んできた。こうすると、そこから色が滲んできて間も無く夜が明けることを、ルークは知っている。その様を、ルークはじっと見つめていた。

 「ルーク?」

 背後からかけられた声に、びくりと肩が跳ねる。透明感のある、少し低めのソプラノは、彼女––ティアのものであるとわかった。かさかさと、地面を歩く音がきこえて、ティアはルークの隣に腰を下ろす。彼女との間には少しだけ距離があったが、ルークは隣が暖かくなるのを感じていた。

 「眠れないのね」

 その声は、ひどく静かで、自分の不安な胸のうちを見透かされているように思えた。だから、ルークはティアの問いに答えることなく、ただじっと前だけを見つめていた。

 「あの、さ」
 「なあに?」

 ぽつ、と消えそうな声で呟いたそれに、ティアは同じような声色で応えた。

 「ありがとう、な」
 「なによ、急に」

 変なルーク、とティアは囁きながら笑う。顔が見えないから表情はわからないけれど、きっと自分を見守ってくれている時と同じ顔をしているんだろうな、とルークは思う。彼女の声色は、その時のものとそっくりであったからだ。

 「俺がここにこうして居られること…多分、ティアのおかげだから」

 だから、ルークは思っていたことを、するりと言うことができた。いつも感じている感謝の言葉。それを、思った通りに唇に乗せる。

 「…きっと、私だけの力ではないわ。みんなの力があって…そうして、あなたが頑張ったからこそよ」

 だから、とティアはルークの手をそっと握ってきた。ほのりと温かい体温は、夜の空気に冷え切ってしまったルークの手にじわりと染み込んでくる。寒さからか、その手は少しだけ震えているような気がした。もしかしたら、震えていたのは自分の方なのかもしれない。

 「…貴方は、ここに居るわ」
 「…うん」

 そうっと、握りしめる手に力が込められる。一段と、ぬくもりが強くなった。応えるように握り返すと、あとはお互いそのままだった。体も、夜の温度に染まりきっていたはずだったが、不思議と寒くはなくなっていた。ほのりとした温度が、胸に灯る。
 水平線は、いよいよ色を滲ませてきた。最初は朱の色が水平線を染める。そうしてのそりと日が昇り、夜の色が白、黄、空色と朝の色に塗り変わっていった。深々としていた水面も、光に照らされてきらめきを放つ。今まで、幾度となくこうして朝を迎えてきたが、純粋に美しいと思えたのは、これが初めてだった。隣に誰かがいるだけで、こんなにも景色が様変わりすることに、ルークは驚く。
 空が変わりゆく様を、言葉も交わさずに二人はじっと見つめていた。その代わりに、時折存在を確認するかのように、手を握り、それを返す。その度に、胸に確かな温かさが広がっていった。じわりと染みのように広がっていくそれは、たまらなく胸を焦がしていく。ふと、ティアが何かを囁いたような気がして、そちらを見る。彼女は、ルークが思っていた通り、とてもとても、優しい眼差しで見つめ返していた。その視線に、またじわりと胸に染みが広がっていく。
 ああ、これがきっと––ということだろうな、と、ルークは思った。


初回のお題が「テイルズオブジアビス」だったので
一番印象的だったシーンを書きました。
エルドラント突入前のイメージです。

2015/10/24 公開
2016/11/26 再録